虐待を止められなかった


娘と初めて会ったのは、彼女が5歳の時だった。

10年近く前だが、恥ずかしいからと、後ろ向きに歩いてきたのを、昨日のことのように覚えている。

さっさと父親になっていれば、今のような事態は回避できたんじゃないかなと、時々思うけれど、あの頃はまだ、こんな陰鬱な未来が待っているなんて、想像もできなかった。

以前住んでいたマンション前には広場があって、土日はそこでよく二人で話をした。

時期的には、娘が小学5年生になった頃だった気がする。

家にいなきゃダメだから、土曜日や日曜日は嫌いだと、よく娘は呟いた。

正確には家いるが嫌いなのではなく、感情にまかせて他人を罵倒し、暴力をふるう母親が嫌なのだ。

こんな家、出て行きたい。

僕と二人の時に、娘はよくそう言った。

お前はまだ幸せや!可能性がある!高校出るまでたった6~7年我慢すれば、ママなんか捨てて一人で生きて行けるやん!?大学行くなら、東京へ行け!ほんで帰ってこなくていいから!俺なんか、一生、アレと暮らすんやぞ!?

いつもそう応える僕に、娘は、別れたらええやん!?このままなら人生お終いやで?と、真顔で言った。

小学5年生に心配されてるよと、その度に僕は苦笑した。

同時に、その年齢の子どもにとって、6~7年先の未来なんて、想像も及ばない遙か先のことだとも思った。

何とかしねぇとなぁと思ったが、具体的な方法は見つからなかった。

この時期から、妻の僕と娘への暴力がエスカレートし始めた。

僕は寝ている顔面に、かかと落としをキメられたり、腕が動かなくなるくらい、マウントポジションで殴られ続けた。

娘は床に倒され、その顔面を何度も蹴り上げられたりと、妻の行動はもう常軌を逸していた。

さすがに娘に対する暴力は止めた。

虐待やぞ!?と怒鳴ると、黙れ!躾や!と言い返されたが、そんな理屈が通じるはずもなく、痣が残ったまま登校したある日、娘は保護されて帰ってこなくなった。

警察に、このままでは誰か死人が出ると、説教された。

あなた、一生我慢できますか?絶対に人間は追い詰められたら反撃するんです、その時、殺してしまいかねませんよ?被害届を出すか、奥さんを専門の病院に入院させてください、と。

キチガイは自分が狂ってることを自覚していない。

警察は自分の味方だと思い込んでいる。

妻の母と、次に暴力沙汰が起きれば、無理矢理にでも入院させようと、話し合った。

あんな子ですが、このままおかしくなったり、孤独な最期を迎えるのだけは、嫌なんですがと、母親は泣いた。

母子揃って、頭おかしいなと思った。

幸い、二年前の警察沙汰以来、今のところ暴力はない。

暴力をふるった時点で、どのような状況下でも自分が不利になると、どこかで学習でもしたのだろうか?

 

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2017年09月22日 | Posted in もう嫌だ | タグ: , No Comments » 

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